これからは「住み心地」で差別化。賃貸住宅の省エネ・断熱対策を考える


春本番を迎え過ごしやすい季節となりました。今回は賃貸住宅の「住み心地」をテーマに、夏涼しく冬暖かい高断熱による差別化を考えます。

【高断熱の希少性を集客の武器に】

長引くコロナ禍と在宅事情の変化に伴い、住まいの住み心地に関するニーズは大きく変わりました。特に実需の分野では「断熱性・気密性」への関心の高まりが顕著であり、SUUMOリサーチセンター実施の「『住宅購入・建築検討者』調査(2021年)」でも、「コロナ禍拡大を機に省エネ性(冷暖房効率)に優れた住宅に住みたくなった」が上位にランクイン。今後、賃貸でも同様の声が大きくなることが予想されます。

これまで賃貸での差別化は、水回り設備やセキュリティなど目に付きやすい部分のスペック充実が優先され、目に見えない「住み心地」は後回しにされてきました。市場に高断熱の賃貸物件がほとんど供給されていない今、ニーズの変化はひとつの差別化チャンスとなりそうです。

【エネルギーロス7割超も。重点改修は開口部】

日本建材・住宅設備産業協会の調査によれば、熱の出入りの大部分は開口部が原因とのこと。冬場の暖気の流出の58%、夏場の熱気の侵入の73%が窓やドアで起こるそうです。ということは、物件の断熱性能を効果的に高めたい場合に手を付けるべきも開口部。窓やドアにポイントを絞った対策が住み心地の良い賃貸住宅への第一ステップです。

冬の暖房時の熱が開口部から流出する割合 58%

夏の冷房時(昼)に開口部から熱が入る割合 73%

〈対策① 複層ガラス・真空ガラス〉

2枚以上のガラスを組み合わせた「複層ガラス」は、ガラスとガラスの間の空気層によって熱の侵入・流出を防ぎます。すでに新築住宅の大半が採用する王道の断熱アイテム。最近は、複層ガラスの間を真空にすることで魔法瓶のような高い断熱性を得る「真空ガラス」も登場しています。

〈対策② 二重サッシ〉

通常の窓枠の内側にもう一つ窓枠を設置したのが「二重サッシ」です。内窓、二重窓とも呼ばれ、窓と窓の間の空気層が断熱効果を発揮する構造は複層ガラスと同様です。窓自体が二重となるため気密性が高まり、いっそうの温度変化抑制や遮音性も期待できます。金属よりも断熱性の高い樹脂サッシなら、さらに効果が高まります。


【壁・床・天井の断熱対策はコストと相談】

半数以上のエネルギーロスは開口部で発生するとはいえ、残りは壁・床・天井などで起こります。第二ステップはこれらの断熱です。

〈対策③ 充填断熱・外張り断熱〉

壁・床の断熱対策によく使われるのが「充填断熱」(内断熱)です。外壁と内壁の間、あるいは床下などに断熱材を充填し、室内の温度変化を抑止します。一方、建物の外壁を断熱材で覆うのが「外張り断熱」(外断熱)。断熱材で建物を包み込むことで高い気密性と外壁保護を実現しますが、コストが嵩みます。

〈対策④ 天井断熱・屋根断熱〉

天井の仕上げ材の上に断熱材を施工するのが「天井断熱」、屋根の内側に断熱材を施工して仕上げるのが「屋根断熱」です。現状での施工の有無は、天井点検口から小屋裏を覗くことで確認できます。もし断熱材がほとんど入っていない場合には、天井裏に断熱材を敷き詰める天井断熱の検討を。

【政府の宣言で高断熱が「常識」に変わる?】

とはいえ、断熱にはそれなりのコストがかかります。既存物件への施工で採算が取れない場合には「次の建て替え時」での対策を考えた方が賢明です。ただ、賃貸経営者としては「建て替え時に本当に断熱にコストをかけるべきか」を懸念される方も多いでしょう。環境省が2018年時点で実施したアンケートでも、賃貸における省エネ性能への注目度は全31項目中の28位で、借主にとっては断熱性より家賃や間取りのほうがずっと重要であると示されています。

しかし、2019年末からのコロナ騒動や2020年に政府が宣言した「カーボンニュートラル」で状況は変わってきました。政府は、2050年までに実質的な温室効果ガス排出ゼロ(カーボンニュートラル)を叶えるべく、エネルギー産業や輸送、製造、農林水産業など幅広い分野でさまざまな政策を進めています。そして、われわれ住宅関連業界では「ZEH」をキーワードとした各種取り組みが広がっています。

【20年後の住環境を見据えたZEH戦略】

ZEH(ゼッチ/Net Zero Energy House)とは、高断熱・高気密な住宅設備と太陽光発電により、「使うエネルギーと創るエネルギーの収支が概ねゼロ」という状態を実現する高性能住宅のことです。政府は「2030年までに新築住宅の平均でZEHの実現を目指す」と目標を掲げ、補助金や住宅ローン控除制度での優遇措置などを整備。ZEHの普及を力強く推し進めています。

現在こそZEHの普及は注文戸建が中心で、建売戸建や集合住宅ではごく少数ですが、政府の計画通りに普及が進めば、今後10年で多くの住宅がZEH、またはそれに近い性能で建つことになります。そうした”新築高性能住宅”と将来、入居者獲得競争をすると考えれば、建て替え時に断熱性能を重視することはむしろ必要な戦略と言えるでしょう。

なお、環境省は「既存住宅における断熱リフォーム支援事業」という補助金事業を令和4年度も実施予定。戸当たり最大15万円の補助を受けながら「断熱空室対策」を検討できます。また、ZEHの集合住宅版であるZEH-M(ゼッチ・マンション)にも補助金制度は用意されており、3階までなら戸あたり40万円、4階以上なら必要経費の1/3の補助があります(※)。直近の差別化戦略として、また先を見越した訴求力維持の戦略として、入居者の「住み心地」にフォーカスした建築企画を検討してみてはいかがでしょうか。


※ 環境省の令和4年度予算要求額であり、変更される可能性があります。

2022年03月23日